イングリッシュハイを体験した事があるか!?
語学に関するブログを書くにあたり、まず理由を書いておかねばなるまい。
”イングリッシュハイ”とは、僕が勝手に作った造語であり、和製英語である。
外国人に"English high"と言っても、日本語と日本文化に精通した人でない限り、通じるわけがない。いわゆるランナーズハイ、"runner's high"と同列にはならない。
僕はドラッグをやった事はないが、話を聞く限り、βエンドルフィンとか、ドーパミンという特殊なタンパク質が脳内で分泌され、気分が効用するらしい。
英語をやっているとこれが人工的に作れる、というものである。
しかも、麻薬のような依存性や危険性もない。
英語が話せるようになりたいと想い願う事は、英語学習者ならば必ず通る道である。
当然、日本人は英語を話せるようになりたいのだ。
ではなぜ、日本人は他の外国人と比べて英語が下手だと言われるのか。
英語と日本語の差異が大きいというのもある。中国語や韓国語には、まだ日本語と比べると英語との共通点が多い(発音も文法も)。
でもそれ以上に大きいのが、日本人のシャイさ。裏を返せば、変なプライドの高さ。
「話せるようになりたい」という願望に、「そのためにはどんな代償も厭わない」という条件がついてこない事で、「かっこ悪いのがいやだ」という恥の文化が幅を利かせている事だ。
最初は誰でも発音がおかしい。文法もめちゃくちゃなブロークンイングリッシュしか話せない。端から見たらバカに聞こえると思うかもしれない。
でもその恥ずかしさと恐怖と緊張の正体は、自分自身が作り上げている幻影だという事を見破るのは簡単だ。そこから動き出し、まがいなりにも意思疎通ができた時、最初の「脳内麻薬」が訪れる。
次に訪れるのは、僕がアメリカに来て1年ほど経った頃に来た。
「神の声」が聞こえたのである。
頭の中で思った事をアメリカ人の相手に伝えたいとき、頭の中に「こう言いなさい」という英語のセンテンスが降って来たのである。
英語で夢を見たり、独り言を言ったりするようになったのはその頃である。
夢も独り言も、意図的に仕掛けて言った布石である。
それらが自然に出るようになるには、そんなに時間は掛からなかった。
意図的に意識した事が"無意識"のメモリーに刷り込まれ、それがいつしか癖(habit)になっただけのこと。
不思議なのは、デジャヴのように、"神の声"が聞こえたことだ。
そんなフレーズは習った覚えがない。自分は英語を話している意識がない。でも自分の脳は確かに英語の情報のまま英語で処理し、自分がどんなアウトプットをするかを決定し、そのアイディアを端的に英語を媒体としてフレーズが出てくる。
それは、まるで母国語(first languageを話しているように自然だった。
その瞬間から、英語を自分のものにした喜びが自信のなさは吹き飛んだ。
それまでの日本人と忖度まみれの会話とは比べ物にならないほど、日本人としての自分のアイデンティティを異文化を持つ人と自己主張し合い、理解し合う事ができた。
ついでに言うと、日本人コミュニティーの中で抱いていた自分へのコンプレックスまでもがとても小さいものに思えた。
多少背が低いだの、ハゲだの、少々太っているだの、顔が悪いだの、そんなのは人種の違いに比べたら、どんぐりの背比べ。それより自分の個性である事に気づかせてくれた。
最高の経験だったし、それが自分を全く別の人間にトランスフォームさせてくれた。
僕が実体験から学んだ、そうなるための最短道しるべをここに書いて行こうと思う。